帰ってきた鳩の兄妹
家の断捨離をしていたところ、中学生時代の地区文集が出てきた。
私の作文が載っていたので、思い出にここに載せておこうと思う。
題名 : 帰ってきた鳩の兄妹
「また来たよ。ほら見て。」
母が言った。
私の家の前にあるグリーン・クレストの上に、ほんのり朝露にぬれ、淡い紫色の光を放っているものが二つほどあった。
それは、鳩の兄妹だった。
今日出たばかりの新鮮で透き通っている新芽と、淡い紫色のほのかな光が快く調和し美しいハーモニーを奏でていた。
今では、その木に巣はなく、数本枯れた枝が残っているだけだ。
でも、その木が鳩たちの故郷である。
私が小学校五年生の時のことだった。
空は青く晴れわたり、地面は色づいた落ち葉のじゅうたんで敷きつめられていた。
その日、造園業の方が来た。
まさか鳩の巣があるとは知らずに、大量の枝を切ってしまった。
縄跳びをして帰って来た私に、中で一番若い方が、こう話しかけた。
「ちょっと来てごらん。いいものがいるよ。」
「あっ本当だぁ。」
それで私は、鳩が家の敷地内に住んでいることを、初めて知ることができた。
ひなはピーピーと鳴き、しきりに餌をねだっていた。
寒かったらしく、兄妹で体を寄せ合ってぶるぶる震えていた。
私は、鳩の敵の眼が、鋭くこちらに向いているのを感じていた。
もちろん、ひなの親は、電線の上から心配そうなまなざしをこちらに向けていた。
私たちは、巣を外から見えないようにするためにいろいろと工夫したが、もうすでに手遅れだった。
その日から、鳩の親子に次々と災難が降りかかった。
ある時は猫がひなを狙ってきたり、ある時は烏が巣を襲いに来たり……。
吹き込んでくる風や雨に耐えるのも大変だったに違いない。
私たち家族はできる限り鳩たちに協力した。
猫を追い払ったり、鳥に石をぶつけたり……。中でも、のら猫は執念深かった。
母は夜中、懐中電灯と石を手に巣を
見回った。
案の定、何度か猫を追ったらしい。
数週間後、ひなはもう大きくなって羽ばたきの練習をしていた。
翼から抜け落ちていく産毛が、冷たい冬の風に乗って見えなくなった。
ある朝、
「今朝、鳩が柿の木まで飛べるようになったよ。」
という言葉を背に登校した。
その日は下校時刻が待ち遠しかった。
しかし帰宅した時、もう鳩は一羽もいなかった。
飛べたんだという喜びと、行ってしまったのかという悲しみがあったが、何より無事に育ってくれてよかったと思った。
しかし、鳩は離れていっても、私たちのことは忘れなかったらしい。
六年生の五月、突然あの時の妹鳩が、家の玄関に入ってきた。
室内を何もかも知り尽くしているかのように、二階へチョンチョンと上っていった。
私と母がついて行くと、鳩は父の書斎にいた。
鳩は何か言いたそうに母の顔をじっと見つめ、「クー……。」と、喉の奥でつぶやいた。
ムクドリが家の屋根に穴を開け、天井裏に住みついたことを知らせに来たのだ。
母が早速天井裏に上って掃除をした。
ひなの死骸や羽毛がひどく、間一髪で腐敗する前にすべてを取り除いた。
梅雨入り直前の出来事だった。
そして、私は中学生になった。
あの時柔かい産毛に包まれていた鳩の兄妹は、今では年老いてきた。
しかし、毎朝私が登校するのを電線の上から見守ってくれている。
私は、鳩との関わり合いを通して学んだことがたくさんある。
最も強く感じたことは、〝生きていく〟ということは自分一人の力だけで頑張っているのでなく、どこかで誰かに助けられたり、互いに支え合ったりしている、ということだ。
私が鳩の兄妹を見守ったように、私自身もたくさんの方々に支えられて今生きている、と思う。
そして、また今日も鳩は生まれ故郷のグリーン・クレストにやってくるのである。
〝鳩の梢〟は、いつも優しい光に満ちあふれている。